◎『TORA TORA TORA TORA』
座談会 福岡編/書き起こし
日時:2023/05/06 17:30~
会場:ポーポー軒(福岡県中央区小笹)
ライブ:高松彩、イフマサカ
寺田燿児(以降:Y)鹿子さんのことは『へろへろ』の頃から知っていて、次に出版された『ブードゥーラウンジ』もすぐに吉祥寺のジュンク堂へ買いに行きました。その本ではポーポー軒の店主オクムラユウスケさんが特にフィーチャーされていて、ミュージシャンやその周辺の人間にとって、もちろんぼくにとってもここは言ってみれば聖地的な、震源地的な場所なんです。今回コーディネートしてくれたイフマサカさんに「鹿子さん展示来てくれないですかねぇ?」なんて
言ったりしてたんですけど、まさかの初日にご本人が現れて、食い入るように原画見てくれて質問攻めしてくれたので、急遽座談会のお願いをしたところ快諾いただいたと言う訳です。では鹿子さんよろしくお願いいたします。
ー映像から音楽へ、今度はまた別な形で伝えたくなってくるという、無いものねだり
鹿子裕文(以降:K) 4日くらい前まで寺田さんのことをほぼ知らなかったんです。だから何の情報もなく、ふらっと漫画の原画展を観に来たら、ご本人がいらっしゃったという。
僕、漫画の原画を見るのがすごい好きなんですよ。
というのも、原画にはためらい傷みたいなものがあるでしょう。ホワイトで消した跡とか、切り取って顔の部分だけ描き直したりとか、作者が迷ったり差し替えたり、そういう創作の過程がリアルにわかるから、すごい勉強になるんですよね。
寺田さんはいつくらいから漫画描かれてるんですか?
Y えーと、2019年くらいから…ですね。
K それまで全然描いてなかったんですか?
Y ほぼ描いてなかったですね。
K これが最初の(Dark Continent / 暗黒大陸)?漫画を描きたい動機とかは?
Y 元々音楽をやっていたんですが、CDのジャケット(yoji & his ghost band『ANGRY KID 2116』)も描いたりしていて。
これが2016年に出したアルバムで。音楽やっているころから物語を歌にするというスタイルだったんです。絵も描けたんで、その延長っていう感じで始めました。表現方法を変えたという。
K 音楽ではなく、漫画の方に物語性を移動させたっていう?
Y そうですね。
K 音楽でも物語性のあるものを作れていたっていうことは、そのまま行ってもよかったんですよね?このようにジャケットを絵で表現すれば、それで納得がいっていた時期もあった。それがこっち(漫画)の方にいくっていうのは、何かきっかけがあったんですか?
Y やっぱり、実態がないものですから音楽というのは。音っていうのは。
極端に言えば、本当は映画を撮りたいけど、映画を撮ろうとなると、すごい人手もいるし、資金もいる。映画までいかないにしても、漫画なら、部屋で映画的世界が表現できる、という考えがあって、音楽よりももっと情景を伝えたいというか、その場にいる感覚、状況や空間を共有したいというか。
K 確かに、音楽だとなんとなくイマジネーションの世界ではっきりしないところを、これはこういう映像を見てるんだよ っていうのを漫画だともっとダイレクトに伝えられることはありますよね。
Y それは、そうですね。すごい当たってますね。
K 音楽だとどうしても主人公がどんな顔をしてるか、寺田さんの頭の中に浮かんでいる男の人と女の人がでてきても、どういう人なのか人それぞれ違うけど漫画だとこういう人だというのが伝えやすい。じゃあその小説とかではなく、漫画の方がより表現しやすいっていうことですよね。
Y そうですね。
K 映画を撮りたかったと聞いて(漫画を読んで)ほんとによくわかるんですが、非常に映像的ですね。映画のカット割りに近いものがたくさん出てきて、カメラの位置とかアングルが映画的なんですよね。それも何に一番近いかというと、映画のコンテにすごく近いんです。一番わかりやすいので宮崎駿の「紅の豚」の絵コンテの本持ってきたのですが、宮崎駿の絵コンテって、ほんとすごいんです。僕は「紅の豚」はBlu-rayも買ったんですが1回も観てないんです。これ(絵コンテ)で十分なんです。だから寺田さんもアニメーションをやるという手もあったんじゃないですか?
Y そうですね、あったかもしれませんね。
K でも大変だから、アニメーションは。いっぱい動画描かなきゃいけないから。
Y そうですね。動画に結構アレルギーがあって。僕、大学は映像を出てるんですけど…出てるのに、動画で物を作ることに抵抗があって。スマートフォンが出てから一層、抵抗が強くなってきて。動かない方がいいですね。映像になるとすべてを説明しすぎな感じがして。
K じゃあコマが飛んでるくらいが、ちょうどいい感じなんですか?
Y そうですね。
K(TORA4は)子供の頃からずっと漫画を読んできた人、漫画が好きで好きで漫画家になりたいという人が描く漫画とちょっと違うじゃないですか?漫画の文法とかをちょっと無視してるところとかも結構ありますよね。
Y 僕、漫画描いてるからってよく漫画の話を振られるんですけど、ほぼ読んでないんです。王道は読んでますけど。手塚治虫とか藤子不二雄とか。宮崎駿は大好きですけど。最近の漫画は全然。
K 子供の頃って漫画をたくさん読んだりすると思うんですけど、その頃もあまり漫画読んでなかったんですか?
Y 子供の時は、ボンボンとか人並みには読んでたとは思うんですが。
K そこまで熱中したり、コミックスを買い漁るという感じではなかった?
Y なかったですね。
K 学校が映像科ってことは、なにか映像的なことがやりたいってあったんですか?
Y 当時はアニメーションやってました。YouTubeにもいくつか上がってます。
K それで動いているのが嫌になった?
Y うん、そうですね。在学中から徐々に、映像は今後やっていかないなって思い始めて。
K それで音楽の方にいった?
Y そうですね。音楽の方が伝えやすいってその時は思ったんです。フィジカルだし。
K 生のライブ感みたいなのもあるし、反応もすぐくるし。肉体的ですからね。
Y その方がいいなってその時には。
K ないものねだりが多いんですね?
Y そうですね(笑)
K 音楽やると、今度はまた別な形で伝えたくなってくるという。
寺田さんって、ずっとモノを作りたい、作品的なものを作りたい?
Y 作りたい欲求はあります。小さい頃から。
ー漫画って普通ものすごいスピードで読むものだったりするけど、じっくり読んでいかないと「え?」ってなる。文法無視の漫画
K 小さい頃はなに作ってたんでしょう?
Y 小さい頃はダンボールなど使って工作とか。
K できるかな?みたいなことやってたんですか?
Y 絵を描いたら賞を取るようになって、描けるんだなと思い始めて。そっちの方向に行くのかな、とはぼんやり思ってました。
え、やっぱり漫画読んでない感じしますか?
K します。漫画を読んでる人は漫画の文法に縛られてるから、漫画ってこういう形でコマを割って、こういう風に話を進めてというのがあるけど、寺田さんの場合はそういうのをあえて無視してる感じが僕はするんですよね。
本当は大きいコマで盛り上げて進めるようなところを、あえて小さいコマで表現してたり。そこの描き方がまた普通の漫画好きな人だったら、こんな風にやらないだろうなという描き方してたり。あと、必要な説明をすっ飛ばすところありますよね。TORA4には最初幼少期の話が出てくるんですけど、なんの説明もなく次のページでいきなり時代が20年くらい飛んだり。漫画って普通ものすごいスピードで読むものだったりするけど、寺田さんの漫画はじっくり読んでいかないと「え?」ってなる。
普通だと ー20年後ー とか入れるのに、それがないので。
Y 入れるかどうか最後まで迷いましたけど、入れなかったんです。
K あえて、説明を省いてるでしょ?
TORA4には現代の話が何ページが続いたあと、突然また子供の話になるところがあるんですけど、その説明をたった1コマの、しかも小さな絵でやっている。慣れてくるとわかるけど、これ(『TORA TORA TORA TORA』p26)おばあちゃんの家なんですよね。でもこれ、ものすごいスピードで読んでる人にはただページが空いてるとしか思わないと思うんですよ。一拍置きたいくらいの感じなのかなとしか思わないと思う。
Y 挿絵みたいな。
K 何の説明もなくおばあちゃんの話になって、すぐ今の時代に話は戻るんですけど、少年から大人になるっていうのを、またもや1コマで表現している。普通の漫画の文法を知ってる人だと、こうはならないと思ったんです。そういうのがいっぱいある。
例えば、こちらカーチェイスではないけど結構なアクションシーン(『TORA TORA TORA TORA』p128,129)なんですけど、盛り上げどころなんですよ。映画でいうと音楽がかかって盛り上がってるところなんですよ。それを集中線、スピード線を最低限でやってる。
普通どうなってるかというと、もっともわかりやすいのが「アストロ球団」という漫画があるんですけど、こういうことなんですよね。(ページ見せる)
アクションシーンってこうなるはずなんですよね。
(寺田さんの漫画と)全然違うでしょ?
Y 違いますね…笑
K 余談ですが(アストロ球団とは)どういう漫画かというと、これ、僕が小学校3年生の頃やっていた野球漫画なんですけど7人しかいないんですよ。野球って9人でやるのに、2人少ない状態で試合してるっていう変な漫画で。アストロ超人っていうのを9人集めなきゃいけないって話なんですよ。この人たち超人なんですけど、アキレス腱が切れても走ったりするんですよ。
それで一番すごいのが、目の見えない人がファースト守ってたりするんですけど、音だけでバッティングするんです。しかも3番バッターなんですよ。相手チームにいるこの人の兄ちゃんがまたすごくて。試合中に死ぬんですけど、その死に方がまた壮絶で。自分はみなさんに失礼なことをしたっていって、ベンチの裏で切腹してるんです。切腹して晒し巻いてバッターボックス立ってるんですよ。で、打った瞬間に死ぬっていう。で、詫び状っていうのがここにあるっていう。これを僕、小学校3年生の時にリアルタイムで読んでたんですけど、ものすごく影響を受けました。(~有名なシーン:人間ナイアガラの話)
ー血圧を上げない、刺激性の強いところとか、感情が高まりそうなところでも、あえて同じ線で持っていく、オフビートな線
K (アストロ球団のページ)色も見てもらうとわかるんですが、非常に画面が黒い。熱血漫画って割とベタでメリハリつけるんです。あと「アストロ球団」はGペンで描いてると思うんですけど、Gペンのタッチって線に強弱がつくんですね。その強弱で躍動感が出てくるところがあるのですが、そういうものを寺田さんは一切、拒絶とまでは言わないですが避けてる感じがするんです。わりと均一の線。暑苦しさを出さないようなタッチじゃないですか?これは狙ってるというか、寺田さんの体質としてある感じなんですか?
Y Gペンが肌に合わないというのがあったんですけど…
K 肌に合う合わないは大事なんですね。
一応使ってはみたんですか?
Y 一応使ってはみたんですが、慣れるのにこれ時間かかるなと思って。
しかも、都度(ペンに)インクを補充しなきゃいけなくて、それって合理的じゃないなと思って。意外と合理主義なところもあったりして。
K とにかく中断されるのが嫌な感じ?
Y そうですね。
K それも音楽的ですよね。
で、普通のペンで描いてるんですね?普通のペンってどんなペンなんですか?
Y (実物出す)これですね。
K ボールペン?これは0.3mm
Y 基本的に0.4mmで描いていて、細い線は0.3mmで強調したい時は0.7mm。
K 全部このメーカーですか?ぺんてるの”ENERGEL Liquid Gel Ink”。
Y そうですね。
K ジェルインクだと触ると滲みますよね?
Y 乾かさないと滲みますね。
K これだと均一な線がひける?
Y そうです。逆に言えば、均一な線しか引けないです。
K 均一な線が引きたかったわけじゃなくて、ペンにインクつけるのがめんどくさくて、このペンにしたら均一な線になった?
Y そうですね。
K 道具がこの線を必然的に生んだってことですね?
Y そうですね。あまりフラットな線を引くことがコンセプトになっているわけではないです。
K でも、この線がこの漫画の温度感を決定づけてますよね。ある種。
テーマ的には非常に激しいもの、寺田さんの中に燃え上がっているものがあるんですよ。テーマを深掘りしていくと。それはどういうことかというと、とにかく理不尽な権力。権力の横暴みたいなことに対して民衆は反抗していくっていう。そうはさせるかっていう、両方ともそういう話ですよね。参考文献にジョージ・オーウェルの「1984年」とか書いてあったりするので、やっぱりそうだよねっていうのがわかるんですが、「1984年」ってやっぱり(影響が)大きいですか?
Y そうですね。僕は映画の方しか観てないですが、真理省とか人の心にまで政府が介入してきて、内心の自由にまで。でも、現代もそんな感じになってきているっていうところで、現代の予言じゃないですけど。
K ジョージ・オーウェルが「1984年」を書いたのが1940年代なんですよ。ちょうど第二次世界大戦が終わったころに書かれていて。ビック・ブラザーっていうほんとに存在するのかわからないものすごい権力者がいて、その人の映像がずっと流れていて、とにかく権力のシステムみたいなものが、民衆を無気力化というか無関心化させていくことで自分達の独裁性を高めていくっていう。いろんな隠蔽があったり、書き換えがあったり、歴史の書き換えとか平気でしていって。それをやらされてるのがこの本の主人公なんですよね。いろんな人が言ってるけど「1984年」で描かれている世界って、今の日本なんですよ。そっくりなんですよね。今それの前段階にあると言っても過言ではない。ビック・ブラザーってどういう人物かっていうと、多分昨年暗殺された某元首相みたいな人なんですよ。
そういうものに対抗しようという、どっちかというとレジスタンスの物語ですよね。
Y そうですね、それが創作のモチベーションになってたりします。
K やっぱり。それはすごくわかる。
怒りみたいなものとか、ふざけんじゃねぇよみたいなところが、こういう作品に寺田さんを駆り立てて向かわせてるって考えていいですか?
Y はい。かつ、ファンタジーっていう。
K それをバッてやってしまうと、メッセージが伝わりすぎるってあるじゃないですか。
だからこういうSF的な世界に一旦置き換えてやっていくってことなんですか?
Y そうだと思います。
K うん、それはすごく感じました。
読んでいると、時々ふっと息を抜かせるコマとかあったりして。
ゴリゴリに言っても結局は届かないというか。
例えば、れいわ新撰組とか言ってることはその通りなんだけど、ああいう演説のされ方すると拒絶感が出る人もいるだろうなと、僕は思うことがある。
そうじゃない伝え方があるんじゃないか?、でもそうじゃない伝え方をすると伝わらないんじゃないか、もちろんそういう逡巡があって、山本太郎さんはたぶんあのやり方を選んだと思うけど、そうじゃない伝え方を模索していきたいっていうのが僕もちょっとあるんですよ。笑ってるけどマジだっていう。それをすごく寺田さんの作品に強く感じた。
そしてその伝え方として、僕が寺田さんの漫画から学ばせてもらったのが、この均一な線なんです。これオフビートですよね。血圧を上げない、刺激性の強いところとか、感情が高まりそうなところでも、あえて同じ線で持っていく。温度を上げない。そのことによってすべてのシーンの熱量は平均化されていくんだけど、そこに一瞬強いものがボンと出てくるとものすごくそこが強調されるというのがあるんですよね。わかりやすいところでいうと、村上春樹の「風の歌を聴け」は完全にオフビートですよ。そのオフビート感がこの均一の線ですごく出ている。実は、アクションシーンも非常にハリウッド的なシーンがあるんですけど。(『TORA TORA TORA TORA』p131)
これとかスリリングなシーンですよね。でも、均一な線によるオフビートなタッチがそれを深刻なものにしていない。ここは、実はこれ(『TORA TORA TORA TORA』p128,129)やばいシーンですよね。ダイハードでいうところの最後の戦いみたいなシーンですよね。そういう激しいはずのシーンが一枚のイラストとして眺められる。いい絵だなって。普通はこう描かないですよね。たぶんね。
Y しかもそのコマ、あそこに貼ってあるんですけど。最初「ギュン」っていう擬音が入っていたんですけど、それも省いて。
K それがオフビート感生むんですね。
絶対、入れたいですもんね「ギュン」って。それを抜いてるんですもんね。
Y そう、極力抜いて抜いて。
K このオフビート感はすごい。
この温度を上げない感じが作風なのかなと思って読んでました。
あと画面が白い。線しかない。こういう漫画って週刊少年ジャンプで見ないですよね。
商業誌の漫画って、たいていベタが入って、スクリーントーン貼ってあるじゃないですか。
それが線画だけっていう。静かなオフビート感。これすごいです。
ー無意識に爆発する幼児性
K あと、カメラの位置がおかしいっていうのがあるんです。
TORA4には権力に対して反抗するレジスタンス物語の中にラブストーリーがサブプロットとして入ってるんだけど、ここ。このページ。最初のコマでは、右に男性、左に女性いるのが、次のコマでは左右が逆になっている。さらに次のページでまた逆になってたり。映画でこんなふうに撮ろうとすると、レールを組んでカメラが2人のまわりを回って撮るしかないんですけど、こういうのは割と意識してるんですか?
Y そうですね。うん、しますね。
K これは敢えてしてるんですよね?
Y はい、そうですね。
K これすごいです。こういうカメラワークしてる漫画って、あんまりない。
しかも割といいラブシーンなのに、ちょっとずらすじゃないですか。こういうのが時々出てくるんですよ。
真剣なシーンに突然「ブラックジャック」の、ひょうたんつぎが降ってくるみたいな。で、その次が、しずる感溢れる涙が出るアップという。これはすごいよね。すごく映画的な手法というか。漫画でもそういうのあったとしても「ガロ」とかあっち系統の物語の流し方ていうか、こういうのってすごい。それがまた、すごく洗練された絵なんですよね。情報量が少ないけど、線だけですごく美しく見せるという。こんだけシンプルな線で描かれた漫画なら30分くらいで読めそうな気がするんだけど、割と1時間ちょっとかかるんですよ。ちゃんと読んだら、1時間半かかりました。
Y ほんとですか?確かに、漫画読んでくれてる人から「まだ半分しか読んでないけど、ちゃんと読むよ」みたいな声をよくいただきます。
K 普通そんな漫画ないですよね。コミックスの半分で、「続きは明日にしようってないじゃないですか。
情報量が少ないように見えて、意外と情報量多いんですよ。多分。
だから寺田さんの漫画って、読んでる人が頭の中で補完しながら、読んでる部分があるんだと思う。すべてが描かれてない分、自分の頭の中で少しずつ、それこそ小説とかと同じように補完しながら読まないといけないので、多分時間がかかる。その時間の分だけ、読み終わったときに、コミックスを読んで「あーおもしろかった」という感想とは違う何かが残るんですよ。それに絵がひとつひとつのイラストとして成立してるし、海外の小説の挿絵みたいな感じにも見えるし。よく見ると変な遊びをしている部分もあったりして。それに気づくと1コマ1コマをじっくり見るようになって、また時間がかかるんですよ。
あと、寺田さんの幼児性が爆発している。
ヨージさんだから、幼児性が強いのかなって思うんですけど(笑)
<『DARK CONTINENT/暗黒大陸』p86>
これね、やられるシーンなんですけど、最後の。これもクライマックスですよ。2人が液体みたいなのに飲まれるんですけど。飲まれそうになったときに、吹き出しの中に逃げ込むっていう。超絶シュールな話が出てくる。それまでは割とSFマナーに則った話だったんですけど、ここで急に、そうだここに入ればいいんだっていう。吹き出しをシェルターとして使うという斬新なアイディアが出てくる。これすごいですよ。
Y そうですよね。一種のメタ漫画というか。ちょっと漫画を俯瞰して見てるっていう。
この辺(『DARK CONTINENT/暗黒大陸』p91)からそんな感じがあって、それで枠を消してるんですよ。
K それでこうなってるんですね。
これ突然変なことになるんです。突如ここ(『DARK CONTINENT/暗黒大陸』p83、2コマ目から3コマ目)で、こういうことになってる。
最後のラスボスのところで、あのね、ここは普通、何コマか使わないといけないところなんですよ。それがどういうわけか、コマが飛んでるんですよ。映画だったら完全におかしいでしょ?これは敢えてなんでしょ?
Y これは最後時間がなくて、めんどくさくなってしまって。
K それが幼児性なんですよ(笑)多分。
子供って持久力に問題あるから早く終わりたいってあったりするじゃない?本当は描かなきゃいけないってわかっていても、もういいやってすっ飛ばす時あるじゃない?ページ数もあと少ししかないし。なんかそういう感じなんですよ。びっくりしたなぁ。
インタビュー(『DARK CONTINENT/暗黒大陸』付録の自作自演インタビュー)を読むと、この作品がどういう意図で描かれたか割と正直に語られています。これを読んで、TORA4のあとがきを含めて読むと、こう見えて実は非常に寺田さんという人は、自由、人間の尊厳とか、権力の横暴とか、システムに対する反抗心とかそういうものがすごく強い人なんだなというのが伝わってくる。タイトルが、(真珠湾攻撃と同じ)TORA4でしょ?
ーいつまでも古びない、かっこいいものを
K おもしろいのが、セイウチみたいな戦車が出てくるんですよ。ちゃんと参考文献に書いてあるんですよ。宮崎駿「風立ちぬ」って。
宮崎駿って戦車とか戦闘機とかすごく好きなのにでも戦争は嫌だというアンビバレントな人ですよね。
割と宮崎駿好きですか?
Y 好きです。
K どういうところが好きですか?
Y センスいいです。かっこいい。あまり時代に影響されすぎると高齢になってダサい、かっこ悪さとかそういうのが出てくると思うんですけど、いつの時代に見てもかっこいいもの、いいものってあると思うんですけど。宮崎駿ってそういう感じがします。
K いつの時代もかっこいいものっていうのは、どうやったらできるんでしょうね?
例えば寺田さんは、時代を超えて読んで欲しい、かっこいいものであって欲しい、古びないで欲しいというものを作りたいと思ったときにどうしてますか?
Y 僕の場合は、古いものから参照します。
20世紀初頭に書かれたものとか。
K 例えば?
Y フランスの近未来を想像して描いた、絵描きの絵とか。アメリカにもいましたけど。100年後はこうなると想像して絵を描いたイラストレーターとか結構いて。ウインザー・マッケイという人の『Little NEMO in Slumberland』(1905年~1927年頃)
とか。そういうのを参照すれば、後年見ても、いつの時代に見ても、時代を感じさせないものになるんじゃないかというか。
『リトル・ニモの大冒険 Little NEMO in Slumberland』2014 パイ・インターナショナル発行
K 確かに時代を超えて読み継がれるものには、そういう特徴があるかもしれないですね。
時代を超えて今も残っているものとか、例えば夏目漱石とか、舞台は昔なんですけど、そこで行われているドラマ的なものは、今でも十分わかるというか。
例えば「なんとなくクリスタル」みたいなこと書いちゃうと、今誰も読まないみたいな感じになるでしょ?
人間の基本なんていうのは、多分100年前と大して変わってなくて。ただ周りが変わっちゃったっていう。時代を超える物って、本質的な部分みたいなものみたいなのをちゃんと捉えているんでしょうね。建築とかもそうなんじゃないかな。寺田さんの漫画にも中華街、チャイナタウンが出てくるじゃないですか?中華街って絶対古びないですよね。不思議ですよね。ブレードランナー、あれもう30年以上前ですけど、チャイナタウンのネオンが出てきて、それは今観ても全然古く感じないですよね。不思議ですよね。
2023年4月池袋ポポタムでのグループ展に出品した
『水上中華レストラン“JUMBO十八番”の臨時休業を、彼らはまだ知らない』
Y ブレードランナーの影響なのか、大抵のSF作品で近未来を表す時に漢字のイメージがセットになってるんですよね。チャイナタウンがセットになってる。
K 押井守の映画とか「攻殻機動隊」とかもチャイナタウン出てきます。TORA4もブレードランナーと同じような街なんですよね。実は。
「攻殻機動隊」のアニメとか見ると、ものすごいネオンがピカピカ綺麗だったりするけど。寺田さんの頭の中には、あのブレードランナー的な街並み、チャイナタウン描いたりするとかあるんですか?
Y 大好きですね。
K 描いてる時もそういうイメージあるんですか?
Y そうですねぇ。
K すごいなぁ。それにこういうメカニカルな部分も、わざと今風じゃなくて、昔のメカニカルなものになってたりしますもんね。ロボットを今こういう風に動かさないじゃないですか?マジンガーZですよ(笑)それが出てきますもんね(『DARK CONTINENT/暗黒大陸』に登場するロボット“抗体子”)
Y アメリカの最近のコメディ映画とか、僕が勝手に「SNS後」って呼んでるんですけど、TwitterとかInstagramネタを節々に入れてくる映画が結構あって、そういうのって10年後とかに見たら古臭く感じたりするんじゃないかなと思うんです。だからアナログにアナログに寄せた方が、今後何十年かはダサく見られないのかなって。
K「2001年宇宙の旅」とか見てると、全然古くないでしょ?むしろかっこいいですよね。モダンな感じしますよね。逆に。「2001年宇宙の旅」ということは、俺ら2023年に生きてるわけだから、あれ22年前の話なんですよ。現実的には。あの映画のイメージで言うと。でもあれ多分、永久にかっこいいんですよ。宇宙船の感じとか。もうパンナムなくなってるけど、パンナムの宇宙船とか。めちゃくちゃモダンですよ。しかも70ミリっていうフィルムで撮ってるから、画質がめちゃくちゃいい。
そういうところにこれからいくわけですか?
Y そうですね、後ろに後ろに。
K 後ろに後ろに行きながら、現在を撃つと。
現在というか、5年後とか10年後とかの近未来を、お前ら気をつけないとやべぇぜという感じで撃つってことですね。
Y そうですね。
K&Y ありがとうございました。
鹿子裕文(かのこ ひろふみ)
1965年福岡県生まれ。編集者・著述家。早稲田大学社会科学部卒業。ロック雑誌『オンステージ』、『宝島』で編集者として勤務した後、帰郷。タウン情報誌の編集部を経て、1998年からフリーの編集者として活動中。著書に著書に『へろへろ 雑誌『ヨレヨレ』と「宅老所よりあい」の人々』(ナナロク社/ちくま文庫)、福岡アンダーグラウンド音楽シーンをルポした『ブードゥーラウンジ』がある。
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